2023年富 山

安田善次郎翁之像〜明治安田生命富山ビル〜
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富山駅南口の富山市宝町に明治安田生命富山ビルがある。

 明治13年(1880年)2月15日、安田善次郎は共済五百名社(現明治安田生命)を起こす。

明治安田生命富山ビルの前に「郷土の先覚者 安田善次郎翁之像」があった。


昭和32年(1957年)、北村正信複製。

昭和55年(1980年)4月22日、北村正信死去。享年91。

平成7年(1995年)10月、設置。

正面からではコントラストが良くない。

斜め左から


建立趣意書

 松翁安田善次郎は、天保9年越中国富山城下の半士半農の貧しい家に生まれ、生来才気煥発、若くして商人としての立身を志し、単身江戸に出て艱難辛苦の末両替商安田屋の開業に成功、明治13年これを発展させて合本安田銀行(現富士銀行)を設立開業するとともに、わが国生命保険事業の先駆、共済五百名社(現安田生命)を創立し、一躍金融界の第一人者たる地歩を固めた。

 爾来、倹約力行、顧客本位、大衆志向の信念のもとに、幾多の銀行の設立・救済に関与し「日本の金融王」と称された翁は、金融、保険事業に加え、中越鉄道(現氷見線・城端線)、七尾鉄道線(現七尾線)を始めとする運輸・あるいは電力事業など幅広い事業を手がけて一代で安田財閥を築き、明治・大正期のわが国経済に重要な役割を演じたが、利益を私せず、晩年は東京大学安田講堂日比谷公会堂の寄付など社会事業にも多大の足跡をしるしつつ、大正10年84歳の生涯を閉じた。

 時あたかも当社創業115周年に当たり、ここに謝恩の拠金をもって翁に縁ある北村正信氏の作になる銅像を生誕の地につくり社祖と仰ぐ偉大な先人に対する頌徳の意を表し、併せてその遺訓をあまねく大望雄志の諸子に伝えんと欲するものである。

大島雄次 撰

明治安田生命富山ビルの2階に安田善次郎翁記念室がある。

平和群像へ。

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