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この聖堂は明治17年3月に起工し工期7年を以って同24年2月に完成したもので、設計者はロシア工科大学教授シチュールポフ博士、工事監督は、英国人のコンドル博士です。 日本最大のビザンチン式建造物として知られております。
日本ハリストス正教会教団 |

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両人(ふたり)は其所で大分飲んだ。飲む事と食ふ事は昔の通りだねと言つたのが始りで、硬(こわ)い舌が段々弛んで来た。代助は面白さうに、二三日前自分の観に行つた、ニコライの復活祭の話をした。御祭が夜(よ)の十二時を相図に、世の中の寐鎮(ねしづまる)頃を見計つて始る。参詣人が長い廊下を廻つて本堂へ帰つて来ると、何時の間にか幾千本の蝋燭が一度に点(つ)いてゐる。法衣(ころも)を着た坊主が行列して向ふを通るときに、黒い影が、無地の壁へ非常に大きく映る。――平岡は頬杖を突いて、眼鏡の奥の二重瞼を赤くしながら聞いてゐた。
夏目漱石『それから』 |
