下 町文京区
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関口芭蕉庵〜胸突坂〜

都電荒川線「早稲田」下車。

駒留橋を渡ると胸突坂があった。


文京区関口2丁目と目白台1丁目の間

 目白通りから礁雨園(もと田中光顕旧邸)と永青文庫(旧細川下屋敷跡)の間を神田川の駒塚橋に下る急な坂である。

 坂下の西には水神社(神田上水の守護神)があるので,別名「水神坂」ともいわれる。東は関口芭蕉庵である。

 坂がけわしく,自分の胸を突くようにしなければ上れないことから,急な坂には江戸の人がよくつけた名前である。

 ぬかるんだ雨の日や凍りついた冬の日に上り下りした往時の人々の苦労がしのばれる。

−郷土愛をはぐくむ文化財−

文京区教育委員会

関口芭蕉庵に立ち寄る。

范石湖の詩碑


明治22年(1889年)、田中光顕建立。

夜寒碑


二夜鳴く
一夜はさむし
きりぎりす

武玉川の撰者
四時庵慶紀逸の句碑
宝暦3年(1733年)

芭蕉翁之墓


夕可庵馬光

碑 陰

祖翁瀬田のはしの吟詠を以て是を
建て仍てさみたれ塚と稱す
                 園露什
 寛延三年八月十二日 夕可庵門生
                 酒芬路

さみだれ塚

  素堂の弟子馬光が
  中心となり
五月雨に隠れぬものや瀬田の橋
  芭蕉の短冊を埋めて
    墓とした
   寛延3年(1750年)

寛延4年(1751年)5月1日、馬光は65歳で没。

伊藤松宇句碑


喜翁松宇
真中に富士
  聳えたり國の春

昭和10年(1935年)

芭蕉の句碑


ふる池や
  かはつ
    飛こむ
    みつの音

昭和48年(1973年)10月12日、芭蕉翁280年祭に関口芭蕉庵保存会建立。

碑 陰

 この碑は芭蕉翁二百八十年遠忌の
記念として建立したものである
碑面文字は当芭蕉庵伝来の真蹟自画
賛を模刻したものである

胸突坂を上る。

永青文庫は1月12日まで休館。

礁雨園


知らなかった。

椿山荘へ。

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