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田端文士村記念館から大龍寺に向かう途中に「田端文士芸術家村散歩道」の案内板があった。 |

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ここは、室生犀星の旧居跡付近ですが、犀星は大正5年7月から昭和3年3月までの10年半、何度か転居を繰り返しながらも田端の地で暮らし、創作活動に励みました。また、弟子の若き作家達、宮木喜久夫・中野重治・堀辰雄・窪川鶴次郎なども大正15年4月、同人雑誌「騾馬」を創刊し、多感な青年時代をこの地で文学の創作活動に没頭しました。 |
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大正13年(1924年)、東京帝国大学独逸文学科に入学。 大正15年(1926年)、『騾馬』創刊。 昭和5年(1930年)、田端文士村に移り住む。 |
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『騾馬』の同人はカフェ「紅緑」に揃って出かけた。カフェ「紅緑」の女給いね子を射止めたのが窪川鶴次郎で、いね子は後の佐多稲子である。 |