2025年〜埼 玉〜

見沼氷川公園〜唱歌「案山子」発祥の地〜


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武笠三 山田の中の一本足の案山子 天気のよいのにみの笠着けて 朝から晩までただ立ちどおし 歩けないのか山田の案山子 山田の中の一本足の案山子 弓矢で威して力んで居れど 山では烏がかあかと笑う 耳が無いのか山田の案山子 |

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この地が尋常小学校唱歌『案山子』のふるさとである。国定教科書の編さん官であった武笠三が、他のいくつかの唱歌と共に作詞した。彼こそ、ここ三室に生れた人である。 かつて1,200ヘクタールの沼であった見沼は干拓され、稲穂がたわわに稔る田園となった。作詞者の歓声を育んだ光景である。 唱歌のふるさとを浦和市民の誇りとして永く伝えようと「つくる会」を結成し、多くの市民のご協賛のもとに記念碑を建立した。
唱歌「案山子」発祥の記念碑をつくる会 |
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〈武笠 三〉 明治4年当地にある氷川女体神社の神官を代々勤めていた武笠家の長男として三室村(現浦和市宮本)に生れた。東京帝国大学を卒業後、旧制四高、埼玉県第一中学(現浦和高校)、旧制七高で教鞭をとる。明治41年、文部省によばれ、17年間にわたり国定教科書の編さんにたずさわた。「案山子」は第2学年用として作詞された。昭和4年没。 |
