2016年大 分

久大本線庄内駅〜山頭火の句碑〜
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久大本線庄内駅下車。

庄内駅に種田山頭火の句碑があった。


大空の下にして御飯のひかり

出典は『行乞記(一)』。昭和5年(1930年)11月10日の句。

コメが揺れた。村が揺れた。

阿南の荘と号された千年の昔から九州屈指の米どころ庄内にもコメ輸入自由化の嵐が

種田山頭火の行乞記に「山のうつくしさ、水のうつくさ、山国らしくてよろしい。」と書き遺されている庄内

行乞漂泊の旅を続けた山頭火が、昭和5年11月、天神山の木賃宿阿南屋に泊し、湯平に向け歩きつつ、握り飯を頬張りながらの作である。

田原千暉(ちあき)は町内天神山出身、俳誌「石」主幹。

佐藤高信 建之

田原千暉の句もあったが、よく読めなかった。

さすがに山村だ、だいぶ冷える、だらけた身心がひきしまるやうである、山のうつくしさ水のうまさはこれからである。

『行乞記(一)』(11月4日)

大分県道719号東長宝西線を久大本線沿いに下る。

由布市庄内町高岡に大分庄内ライオンズクラブがある。

大分庄内ライオンズクラブの手前に種田山頭火の句碑があった。


阿蘇がなつかしいりんだうの花

出典は『行乞記(一)』。昭和5年(1930年)11月10日の句。

山頭火は昭和5年11月宮崎より竹田〜長湯を経て天神山阿南屋に泊し、当時佐賀県道と号されたこの道を湯の平まで行乞した。この句はその途次の作である。

田原千暉氏の歌刻まれている。

朝顔やよべの神楽のすさのおの

田原千暉氏は俳誌「石」の主幹。大分合同新聞選者。庄内町天神山出身。

平成8年(1996年)12月、佐藤高信建立。

久大本線の電車が行く。


天神山駅へ。

天神山駅手前の線路沿いに山頭火の句碑があった。


宿までかまきりついてきたか

出典は『行乞記(一)』。昭和5年(1930年)11月9日の句。

昭和5年11月、種田山頭火は竹田から長湯を経て小野屋、湯平へと行乞した。その行乞にこの阿南屋に泊し、三〇銭也と記されている。

田原千暉の句も刻まれている。

木に酔て白露人に会う

田原千暉、1923年旧阿南村西長宝の生れ。俳誌「石」の主幹。新俳句人連盟顧問。現代俳句協会、九州俳句協会等所属。

久大本線の電車が来た。


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