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今日は平日のせいか駐車場も空いていたので、白骨温泉「公共野天風呂」に入ってみることにした。 |



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明治42年(1909年)7月12日、河東碧梧桐は白骨温泉「湯元斎藤旅館」に泊まっている。 |
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六時近く漸くこの地に着く。湯本斎藤泊。松本を去ればしばらく孤独の天池であると思うていたにも関らず、梓の者だという奇遇や四沢を知る青年が、予の部屋を襲うた。この日の車程六里余、歩程五里余。 |
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大正10年(1921年)9月26日、若山牧水が白骨温泉「湯元斎藤旅館」に来ているそうだ。 |
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此処に来て恰度廿日になる、幸ひ天気も定った様だから明日立たうとおもふ、上高地一泊、平湯一泊、そこで行けるやうだったら高山までゆき一泊か二泊、それから富山の方へ出てみたいと考へてる、とにかく、上高地と平湯とに行って、都合ではまたこゝに帰って来て松本へ出ることになる、
10月14日付平賀財蔵宛手紙 |
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秋山に立むらさきぞなつかしき炭焼く煙むかつ峰に見ゆ 白骨温泉 冬山にたてる煙ぞなつかしきひとすぢ澄めるむらさきにして
『山桜の歌』 |
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昭和8年(1933年)10月20日、斎藤茂吉は上高地、白骨温泉に遊ぶ。 |
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白骨の温泉(いでゆ)をめぐる山の草しぐれの雨の降ればすがれぬ 白骨にわきいでてゐる湯の池に鯉の群るるを見らくしよしも
『白桃』
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昭和11年(1936年)8月8日、与謝野晶子は白骨温泉を訪れ「湯元斎藤旅館」泊まっているようだ。 |
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我等の荷馬より多く負ひながら山人足の仙人走る(白保根温泉にて) 白保根の湯の記をすなり立秋の前の日入ると薄に逢ふと 山の湯の硫黄の臭ひ味噌の香にけおされてある齋藤屋かな 秋立つや夜光の貝の色含む山の湯ぶねの上のともし灯
『白桜集』(中部山岳抄) |
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昭和11年(1936年)10月、斎藤茂吉は再び白骨温泉を訪れている。 |
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四年前わが見たるごと苔のみづ流れゐたれば足をとどめつ 白き湯をいくたびも浴みこもりたるこの部屋いでてわれ行かむとす
『曉紅』 |
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昭和30年(1955年)9月28日、水原秋桜子は白骨温泉へ行き「泡の湯」に泊まっているようだ。 |
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白骨温泉へ行く道にて 雨の中雲煙のぼる山葡萄 白骨温泉、泡の湯にて 蕎麦咲くや屋根石置ける三層楼
『玄魚』 |
| 昭和36年(1961年)、高野素十は白骨温泉を訪れている。 |
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白骨温泉、湯元館 茸のこと話しぬる湯に婆二人
昭和37年1月 芹 |
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ところで2004年6月、『週刊ポスト』の記事に端を発した温泉偽装問題はどうなったのだろうか。 白骨温泉「公共野天風呂」は騒動以降閉鎖されていたが、2005年4月28日に営業を再開したそうだ。 |