昔の温泉長 野

地獄谷温泉「後楽館」
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澗満滝から国道292号(志賀草津道路)を下って地獄谷温泉に向かう。


上林温泉から地獄谷温泉へ行けるが、30分ほど山道を歩かなければならない。

天気が良ければいいが、あいにくの雨模様。

渋温泉まで戻り、横湯川沿いの細い山道を車で行く。

駐車場は有料で、500円。

駐車場に日光黄菅が咲いていた。


駐車場から15分ほど歩くと、地獄谷温泉の一軒宿「後楽館」がある。

日本の秘湯を守る会会員の宿である。

屋根の上に猿がいた。

昭和33年頃から猿の餌付けをしたそうだ。

 「お風呂に入れますか?」と聞くと、若旦那とおぼしき人が「お湯を落としてしまって、まだお湯が溜まっていない。」と言う。

 地獄谷温泉は有名な秘湯だから、お風呂に入れないことなど考えていなかった。

横湯川を越えると、天然記念物「地獄谷噴泉」がある。


お湯が溜まるまで、地獄谷野猿公苑(HP)に行く。

地獄谷野猿公苑の入苑料金は500円。

地獄谷野猿公苑は野生の猿が温泉に入りに来ることで知られている。



猿の親子


親子の間に赤ちゃんの猿がいる。

地獄谷野猿公苑側から見た地獄谷温泉「後楽館」の露天風呂



 明治42年(1909年)6月1日、河東碧梧桐は澗満滝の帰途地獄谷温泉に立ち寄っている。

 六月一日。晴、暑し、霞む日なり。

 一里ばかりも急な山阪を上って澗満滝というのを見に行った。帰途地獄谷温泉に廻って、急湍(きゅうたん)の中にある岩から、蒸気の噴出しておる奇な様を見た。ただ一軒しかない温泉宿の座敷に端居して、宿の婆さんと旧知のある青陽が、この湯に来ていた東京の書生の噂さをしておるのを聞きながら、うとうと午睡をした。


地獄谷温泉「後楽館」


雨も上がり、山間から薄日が差している。

もうお湯が溜まった頃だと思って、地獄谷温泉「後楽館」に行ってみる。

 再び「お風呂に入れますか?」と聞くと、今度は女将さんらしい人が、「まだお湯が溜まっていないと思いますが」と言って、入れてくれた。

 女将さんは名物の粽(ちまき)を作っていた。粽は餅米を熊笹の葉で包み、温泉で茹でたもの。きな粉をつけて食べるのだそうだ。

 昭和2年(1927年)10月18日、斎藤茂吉上林温泉、19日湯田中温泉に泊まっている。地獄谷温泉「後楽館」で粽を食べたらしい。

たどりこしこの奥谷に家ありて賣れる粽はまだあたたかし

『ともしび』(信濃行 其三

 昭和32年(1957年)9月、吉井勇は地獄谷温泉で粽を食べたようだ。

地獄谷へゆく道すがら目につきし藥師如來ををろがみまつる

とどろとどろ鳴る湯の音を聽きながら粽を食めば旅ごころ湧く

「『形影抄』以後」

階段を下りて内湯に行く。

内湯「延命の湯」


本当にお湯は溜まっていなかった。

お湯は溜まるまで、露天風呂に入る。

横湯川沿いの露天風呂


こちらはお湯を落としてしまうわけではないようだ。

お湯は温め。綿のような湯の花が漂っている。

露天風呂は混浴だが、地獄谷野猿公苑から丸見え。

地獄谷野猿公苑は離れているが、横湯川を渡る橋の上からも丸見え。

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