
| 昭和28年(1953年)、北村西望は井の頭公園内のアトリエで平和祈念像の制作を開始する。 |
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昭和20年8月9日午前11時2分、一発の原子爆弾が、この地上空でさく裂し、方5粁一帯を廃きょと化し、死者7万3千余、傷者また7万6千余におよんだ。 哀愁悲憤の思いは、今もなお胸を裂くものがある。 私ども生き残った市民は、被爆諸霊の冥福を祈り、かつ、この惨禍が再び地上にくり返されることを防ぐために、自ら起って、世界恒久平和の使徒となることを決意し、その象徴として、この丘に、平和祈念像の建立を発願した。 かくて、私たちは、平和祈念像建設協賛会を組織し、内外の熱烈な協賛のもとに、昭和26年春、工を起してより、ここに4年、念願の像を完成し、除幕の式を挙げた。 この日原爆十周年の日の前日である。 私は、30万市民とともに、この平和祈念像が、万人に仰がれ、世界平和の保持に大きな貢献をなすものと信ずる。 |


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あの悪夢のような戦爭 身の毛もよだつ凄絶悲惨 肉親を人の子を かえり見るさえ堪えがたい眞情 誰か平和を祈らずにいられよう 茲に全世界平和運動の先駆として 此平和祈念像が誕生した 山の如き聖哲それは逞しい男性の健康美 全長三十二尺餘 右手は原爆を示し左手は平和を 顔は戦争犠牲者の冥福を祈る 是人種を超越した人間 時に佛時に神 長崎始まって最大の英断と情熱 今や人類最高の希望の象徴 昭和三十年 春日 北村西望 |
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昭和62年(1987年)3月4日、北村西望は102歳で没。 平成12年(2000年)、北村治禧の了解を頂き、平和祈念像を解体して修復。富永直樹監修。 平成13年(2001年)8月21日、北村治禧死去。享年86。 平成18年(2006年)4月11日、富永直樹没。享年92。 平成31年(2019年)3月9日、竹中銅器修復作業完了。5月1日、令和に改元。 |
