万葉の歌碑
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万葉寺井の跡推定地

万葉寺井の跡推定地に万葉の歌碑があった。



もののふの
 八十娘子らが
   汲みまがふ
 寺井の上の
  堅香子の花

万葉仮名で書かれていたが、表記できない文字がある。

 天平勝宝3年(751年)3月、越中国守大伴家持が寺井のほとりに咲く堅香子の花をよんだもので、越中万葉の中でも秀歌とされている。堅香子は、いまのカタクリのことで、春早く、紅紫色の百合のような花をつける。なお、寺井の跡については諸説がある。越中国庁跡と推定される勝興寺の西南に御亭角廃寺跡があり、一説に当時このあたりに国府寺があり、寺井のが掘られていたのではないかとされている。

高岡市教育委員会

JR氷見線伏木駅


雨晴海岸へ。

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