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昭和22年(1947年)、鹿児島県立図書館長。 昭和42年(1967年)、鹿児島女子短期大学教授。 昭和62年(1987年)12月27日、82歳で没。 |







| “関ヶ原の戦い”で西軍(豊臣方)に付いた島津義弘公は、最後まで奮戦するうちに三方を東軍(徳川方)に囲まれ退路を断たれました。一時死を覚悟した義弘公ですが、家臣にいさめられ敵陣突破を敢行します。家康の本陣をかすめながらの突破に成功し「敗れても島津」と賞賛されました。制作に当たって関ヶ原の資料館を訪ねた中村は、合戦絵図に〇に十の旗印を見つけ、「自分もその中のひとりであるような錯覚におそわれた。」と言います。 |











