開館日:原則土曜・日曜日のみ。 入館料:無料。 |
文豪谷崎潤一郎は天界の恋を遂げた松子とこの「倚松庵」に住んだ その妹ふたりも寄寓する 戦争の暗雲をよそに船場の旧家の三姉妹はその典雅さを失わない 作家の目は光りかくて名作「細雪」は人も家もほぼ事実のままにここを舞台に誕生した |
名前の由来は、「松によりかかる家」の意味で、昭和7年春から文豪谷崎潤一郎が使っていました。 昭和11年11月から昭和18年11月まで、関西住まいのなかで、一番長くこの「倚松庵」に住んでおりました。 昭和17年秋、「細雪」執筆に取りかかり、登場する人物やエピソードは、松子姉妹や周辺の人びととの日常を取材したものをもとに描かれています。また、その舞台となったのは、主に住吉川河畔のこの「倚松庵」であります。 この建物は現在地より約150メートル南にありましたが、住吉川右岸線道路築造工事により当地に神戸市が平成2年7月に移築しました。 |
昭和11年(1936年)11月14日、谷崎潤一郎は、この反高林の家(通商「倚松庵」)を家賃85円で、家主後藤鞘雄から借りる契約をした。 前年に精道村打出(現・芦屋市宮川町4番12号・一部現存)にて、3度目にして最後の妻松子と結婚している。その連れ子や妹達を含めた大家族ゆえ、前の家が手狭になったための転居であった。 |
8畳の日本間 「こいさん、頼むわ。――――」鏡の中で、廊下からうしろへはいって来た妙子を見ると、自分で襟を塗りかけていた刷毛(はけ)を渡して、そちらは見ずに、眼の前に映っている長襦袢(ながじゅばん)姿の、抜き衣紋(えもん)の顔を他人の顔のように見据ながら、 「雪子ちゃん下で何してる」 と、幸子はきいた。
「中公文庫」上巻一章
この描写から「細雪」がはじまります。 |
食堂 食堂を通ってはいって来たが、その食堂と応接間の境界は三枚の引き戸になっていて、戸と戸の間が指が入れられる程透いているところから、食堂にいると応接間の話声がかなりよく聞えるのであった。
「中公文庫」上巻九章 |
風呂場 この間の晩も、幸子が何気なしに台所の前の廊下を通ると、そこの障子が半開きになっており、風呂の焚き口から風呂場へ通じる潜り戸が又五六寸開いていて、湯に漬かっている妙子の肩から上の姿が、隙間からちらちら見えるので、……
「中公文庫」中巻二四章」 |
6畳の日本間
(実際は4.5畳の日本間) 以前彼女の部屋であった二階の六畳に上って見ると、そこには雪子の嫁入道具万端がきらびやかに飾られて、床の間には大阪の親戚その他から祝って来た進物の山が出来ていた。
「中公文庫」下巻三七章」 |