『奥の細道』東 北


〜「芭蕉止宿の地」〜

JR仙石線本塩釜駅から塩竃海道を行き、鹽竈神社裏坂へ。


「芭蕉止宿の地」の碑があった。


芭蕉止宿の地

 元禄2年5月8日(陽暦6月24日)午後2時頃、塩竈に着いた芭蕉は野田の玉川末の松山などの歌枕を巡り帰った。「宿、治兵へ、法蓮寺門前。……」(曽良旅日記)とあり止宿したのはこの付近。隆盛をきわめた鹽竈神社別当法蓮寺は明治4年廃寺となった。

  奥の細道紀行300年記念建立
  塩竈市観光協会 塩竈市物産振興協会

翌5月9日(新暦6月25日)早朝、芭蕉は鹽竈神社に詣でた。

 嘉永5年(1852年)3月18日、吉田松陰は法蓮寺に登り、塩竃神社を参拝した。

十八日 朝微雨 已にして晴る。鹽竈の當別鈴木隼人を訪ふ。隼人吾れら二人を導きて法蓮寺に登る。地高敞にして松島を望むべし。寺に藩侯望む所の室あり。鹽竈明神の祠を拝す、是を陸奥一の宮と爲す。


法蓮寺跡「勝画楼」入口に古い句碑があった。


妙なるや浪の華見る法蓮寺

「東都 瓢菴 午長」とある。

嘉永6年(1853年)4月、建立。

松島の瑞巌寺にも午長の句碑がある。

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