2017年北海道

港文館〜啄木像〜
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釧路市大町の港文館に啄木像があるというので、行ってみた。

港文館


由来記

 この建物は、明治41年(1908年)に建設された旧釧路新聞社の社屋を復元したものです。

 詩人「石川啄木」が、76日間の本市滞在中に記者として敏腕を振るった旧釧路新聞社はこの付近にあり、当時の釧路を代表する近代的な建物でした。この歴史的建造物の復元は、釧路新聞社創刊45周年記念事業として協力をいただき実現しました。

釧路港を背にして啄木像があった。


啄木は思うことの多い人間であった。

啄木は自己の感情をいつも人間の真実の中に通わせ、そこからあの底辺のひろい文学が生まれた。

啄木はいつも世俗に抗し、精神の高揚を求めつづけた。そこからあの厳しい芸術の世界が展開された。

円い人格ではなく、角だらけの人間であった。そういう啄木を好まぬ人でも、その作品の中に見える自負と謙虚という矛盾を一つの塊として受けとることが出来るのではないだろうか。

詩人石川啄木は明治41年1月21日雪の釧路にひとり降り立った。

本郷新

明治38年(1905年)12月9日、本郷新は札幌に生まれる。

昭和33年(1958年)、函館の啄木小公園に「石川啄木」像。

釧路の幣舞橋「冬の像」も本郷新の作品だったが、写真は撮らなかった。

台座に啄木の歌が刻まれていた。


石川啄木のよめる明治四十一年一月二十一日釧路駅で

さいはての駅に下り立ち
雪あかり
さびしき町にあゆみ入りにき
小奴

「さいはての駅に下り立ち…」の啄木の歌を書き記した釧路時代の啄木ゆかりの人小奴(奴近江ジン)さんは、最後に「小奴 書」と書くところを「書」の一字を書かなかった。

このため、初めてこの碑文を読む方は、小奴の作品と勘違いするが、この歌は釧路時代を回想した啄木の名歌である。

街灯にも啄木の歌が刻まれていた。


神のごと
遠く姿をあらはせる
阿寒の山の雪のあけぼの

ともに『一握の砂』収録の歌である。

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