内藤丈草

『丈草發句集』(蝶夢編)

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安永3年(1774年)、『丈草發句集』(蝶夢編)刊。

丈草俗姓は内藤にして、代々尾張の國犬山の城主に武を以て仕ふ。文を右にして和漢の才あり、若きより佛乘に歸して玉堂和尚の禪意を傳へ、奉公を辭して薙髪。偈曰、多年負屋一蝸牛、化做蛞蝓得自由、火宅最惶涎沫盡、偶尋法雨入林丘、發句、涼風にきゆるを雲の舎り哉と云々。終に故郷を去りて、湖南の粟津龍ヶ岡に茅屋を結び、佛幻庵と號し、芭蕉翁を開祖とす、近くまで其跡ありて、岡の堂といふ。翁の滅後山に籠りて、師恩の報せむために、一石一字の法華經を書寫して墳に築く。元禄十七年の春二月廿四日病床に坐化す。墳は龍ヶ岡の東林の中にあり、正秀が墓に隣る。

   

竹簀戸のあふちこぼつや梅の花

   尾張の國に春を探りて

梅の花散り初めにけり難追風

引寄せてはなしかねたる柳哉

我事と鯲(どぢやう)の逃げし根芹かな

背戸中は冴え返りけり田螺殻

   里の男の田螺殻を水底に沈
   め、待ち居たれば、腥を貪
   る鯲(とちやう)のいくらともなく
   入り籠りて

入替る鯲も死ぬに田螺がら

取付かぬ心で浮ぶ蛙かな

歸る空なくてや夜半のやもめ鴈

眞先に見し枝ならん散る櫻

   廬文に別るゝとて

落付の知れぬ別や鳳巾(いかのぼり)

大原や蝶の出て舞ふ朧月

陽炎に隣の茶さへすみにけり

   芭蕉翁の墳に詣でて我病身
   をおもふ

陽炎や墓より外に住ばかり

春雨やぬけ出たまゝの夜着の穴

   身を風雪にまろめ、あらゆ
   る乏しさを物とせず、唯一
   つの頭の病もてる故に、枕
   のかたきを嫌ふのみ、惟然
   子が不自由なり、蕉翁も折
   折之を戯れ興ぜられしに、
   此人はつぶりにのみ奢を持
   てる人なりとぞ、此春故郷
   へとて湖上の草庵を覗かれ
   ける、猶未遠き山村野亭の
   枕に、いかなる木のふしを
   か侘びて、殘る寒さも一入
   にこそと、後見送る岐にの
   ぞみて

木枕の垢や伊吹に殘る雪

眞先に見し枝ならん散る櫻

角入れた人をかしらや花の友

   更に劉怜が鋤を倩はじなと興
   じて

醉死なぬ先から花の埋みけり

鳶の輪の崩れて入るや山櫻

死んだとも留守とも知れず庵の花

水壷にうつるや花の人出入

片尻は岩にかけたり花莚

小疊の火燵ぬけてや花の下

   洛東の花

落込むや花見の中のとまり鳥

   病 中

山がらは花見もどりや枕もと

   餞 別

見送りの先に立けりつくつくし

あぐらかく岩から下や藤の花

   三月盡

明けぬ間は星も嵐も春の持ち

   

時鳥啼くや湖水のさゝ濁り

飛込んだまゝか都のほとゝぎす

子規瀧より上のわたりかな

ほとゝぎす誰にわたさむ川向ひ

杜鵑なくや榎も梅さくら

   嵯峨にて

鹿追の寢入るや藪の杜鵑

   木曾川のほとりにて

ながれ木や篝火の上の不如歸

   月夜の松原に醉出て

狂亂のけいこの中やほとゝぎす

   遊長命寺

笋の鮓を啼出せ郭公

夕ばえや茂みに漏るゝ川の跡

   去來が落柿舎にて

芽出しより二葉に茂る柿の實

はね釣瓶蛇(※「虫」+「也」)の行方や杜若

草芝を出づる螢の羽音かな

螢火や蟹のあらせし庭のへり

   曲水の子を悼む

呼聲は絶えて螢のさかり哉

やうやうと出て啼く時か閑古鳥

   仰木の里書懐

おのが音の尼や水鶏の磯の闇

血を分けしものと思はず蚊の憎さ

(ひま)明や蚤の出て行く耳の穴

   梅本寺より歸るとて

蝉啼くやわかれて上る軒の山

夕立のかしら入れたる梅雨かな

   美濃の關にて

町中の山や五月の上り雲

白雨(ユフダチ)に走り下るや竹の蟻

夕立に飛びのく月や松の上

涼しさに寢よとや岩のくぼたまり

あら壁や水で字をふく夕涼

草臥の根ぬけや澳(おき)の晝涼

   丈山の像

さかさまに扇を懸けて猶すゞし

   犬山にて市中苦熱

涼しさを見せてや動く城の松

   惟然行脚を送りて

炎天に歩行(あるき)神つくうねり笠

   

夜明まで雨吹く中や二つ星

精靈の好かれし人を集めけり

魂棚や藪木をもるゝ月の影

聖靈も出てかりの世の旅寢哉

   舊里に歸りて

精靈に戻り合せつ十年ぶり

物かけて寢よとや裾のきりぎりす

稲妻のわれて落つるや山の上

寢がへりの方になじむや蟋蟀

   夜舟より上りて洒堂亭に眠
   る

いなづまや夜明けて後も舟心

悔みいふ人途切れやきりぎりす

踊子のかへり來ぬ夜や蛬(キリギリス)

友づれの舟に寢つかぬ夜寒哉

啄木の入りまはりけり藪の松

   ばせを翁へ文通の奥に

招けどもとゞかぬ空や天つ雁

   旅 中

蜻蛉の來ては蠅とる笠の内

啼き腫れて目ざしもうとし鹿の形

早稲の香や雁出さるゝ庵の舟

名月や雨にはりあふ風光

野山にもつかで晝から月の客

辻堂に梟たてこむ月夜かな

發句して笑はれにけり今日の月

    此句は林之助といひける
    九歳の時、はじめて言出
    せる句の由

病人と撞木に寝たる夜寒かな

友づれの舟に寢つかぬ夜寒哉

   洛の惟然が宅より故郷へ歸
   るに

鼠ども出立の芋をこかしけり

鷄頭に置いて逃るや笠の蠅

鷄冠の畫をうつすや塗枕

木傳うて穴熊出づる熟柿哉

   落柿舎すたれける頃

澁柿はかみのかたさよ明屋敷

借りかけし庵の噂や今日の菊

早咲の得手を櫻の紅葉かな

稲積に出づるあるじや秋の雨

   伊賀へ越す時おとき峠にて

いひおとす峠の外も秋の雲

青空や手ざしもならず秋の水

歸り來る魚のすみかや崩簗

堂頭の新蕎麥に出る麓かな

夜噺の長さを行ばどこの山

   須磨の浦

眺めあふ秋のあてどや寺と船

行秋や梢にかゝる鉋屑

行く秋の四五日弱る薄かな

   

雷落ちし松は枯野の初時雨

一方は藪の手つたふ時雨かな

黒みけり沖の時雨や行處

幾人か時雨駈けぬく瀬田の橋

鳥の羽もさはらば雲のしぐれ口

屋根葺の海をふりむく時雨哉

風雲や時雨をくゞる比良おもて

海山の時雨つきあふ庵の上

   芭蕉翁病中祈祷の句

峠こす鴨のきほひや諸きほひ

   はせを翁の病床に侍りて

うづくまる藥の下の寒さかな

   傷亡師之終焉

曉の墓もゆるぐや千鳥數寄

   芭蕉翁追悼

ゆりすわる小春の湖や墳の前

   芭蕉翁の七日七日もうつり
   行く哀さ、無名庵に寓居し
   て心地さへすぐれず、去來
   が許へ申送る

朝霜や茶の湯の後のくすり鍋

   國々の墓所も同じ蕉葉の霜
   にしらめる三年の喪は疎な
   らぬ中に、湖上の木曾寺
   其全き姿を収めて、人々の
   ぬかづき寄る袖の泪も、一
   しほの時雨をすゝむる、舊
   寺の夕べより朝をかけて、
   梵筵吟席の勤ねもごろなり、
   然れども野衲は獨り財なく
   病有る身なれば、なみなみ
   の手向も心にまかせず、あ
   たり近き谷川の小石かきあ
   つめて、蓮經の要品を寫し、
   その菩提を祈り、その恩を
   謝せむ事を願へり、誠に今
   更の夢とのみ驚く心喪のか
   ぎりに筆を抛ち、手を拱し
   て、唯墓前の枯野を見るの
   み

石經の墨を添へけり初時雨

   芭蕉翁七回忌追福の時、法
   華狂頓寫の前書あり

待受けて經書く風の落葉かな

水底の岩に落ちつく木の葉哉

凩のあたり所や瘤柳

飛返る岩の霰や窓の中

   山中泊

雹ふる宿のしまりや蓑の夜着

初霜の泥によごれつ草の色

納豆するとぎれや嶺の雪おこし

ふりかへて山から見たし雪の窓

さかまくや降積む峰の雪の雲

   嵯峨の野明別莊にて

柴の戸や夜の間に我を雪の客

淋しさの底ぬけて降る霙哉

背戸口の入江に上る千鳥かな

水底を見て來た顔の小鴨哉

夜烏をそやし立てけり鴨の群

草庵の火燵の下や古狸

下京を廻りて火燵行脚かな

守り居る火燵を庵の本尊かな

   吹く嵐あらしや今は山やお
   もふ行く曉の寢覺なりしを
   といふを誦して

山やおもふ紙帳の中の置火燵

紙子着て寄れば火燵の走り炭

   貧 交

まじはりは紙子の切を譲りけり

一夜さに猫も紙子もやけどかな

静さを數珠も思はす網代守

一月は我に米かせ鉢たゝき

   長崎卯七渡鳥集撰集の時

句撰や霙降る夜の霰酒

鷹の目の枯野にすわる嵐哉

あら猫の駈出す軒や冬の月

   安永三午年六月   翠樹堂

   追 加

着て立てば夜の衾もなかりけり

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