又馬にのりて山をめぐり、谷をわたりてあやふき所々しのぎて、臼井川の川上を又わたる。峠には雪ふると見えて、人馬共に雪をいたゞき、柴おひたるお（を）のこは、ふるき哥のさまなり。雪こそくだれ渓の道、と詠めつ。やうやうにして、暮かゝるころ本海道に出ぬ。川の関の戸さゝぬ先にと、馬をはしらかして行
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恋すらんものや関路の雪のくれ
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からふ（う）じて坂本にとまりぬ。ぬれたるものなどかはかして、焼火してたびのうさをわすれ侍ぬ
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鉢の木やゆ殿に入し
植木ずき浪人やらん雪の宿
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十二日、夜明てたつ。けふは、荷はれて臼井の半年路を越へ（え）たりきのふの雪の高さ、あたかも尺に過たり。羊腸の岩路を攀（よじり）て、山中の茶やにかきこまれぬ。駕籠荷なふお（を）のこ、「初雪のふりける」などゝいへば、所の人も「めづらしき物のふりたる」などいらふも、尤雪の徳なりけり
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に 人のやさしさよ
初雪や信濃のものもおなじ事
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ことし六月の末に、此海道を下りしころのあつさに引かへたる事よ。此峠を上るに、善光寺へ詣づる法師ばらの背に、いみじく蠅の取つきたるをみて
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信濃路や蠅にすはるゝ痩法師
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此句、江戸にて其角にかたりければ、秀逸とて感じ侍ける。
けふは、終日浅間のけぶりを見る。
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地獄にも同じ雪ふる浅間かな
焼石とおもへば重し笠の雪
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浅間山
暮かゝるに、八幡といふやどりに伏ぬ。
十三日、東しらみにたつ。此間に引かへて、てんきよし。望月の牧を過るに、母馬に人の乗て行あとに、ことし生れたるトウ子の、朝霜のひやゝか成に、はだしにてしたひ行。猶あはれにおぼえ侍ぬる
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母馬にうたがひもなし橋の霜
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和田峠は、上下五里余程なり。峠に山賤の庵三つ四つもあらん。いぶせきすまひながら、只独のみものす
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うき世かな夫婦むつまじ和田の雪
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猶たどりたどり下る山路の入あひ過るころ、下の諏訪に宿をかりて温泉にひたり、旅の草臥をやすめぬ。
湖水の東にあたり、山越に富士山見えたり。山八分よりあらは也
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元政やひねくり廻すふじの雪
背から物いふ富士や雪のくれ
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十四日、夜明てたつ。桔梗原にて例の風吹出す
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鑓持の馬に乗たる寒さかな
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といひ捨ぬる本山と奈良井の間に、桜沢の橋、是より大方木曽と申ならはしける
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檜の木香や木曽の旅寝の冬衣
又夏のころは
よめ入に もなし
水無月や木曽路の妹は蚊帳もたず
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日のくれかゝるに鳥井峠歩行より越へ（え）たり
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早追や武士越へ（え）かゝる雪のくれ
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やご原といふに、暮過てとゞまる。
十五日、夜いとふ（たう）深きに、時を寝わすれて出づ。宮の腰にて明たり。雨少そぼふる木曽やしきの覧古（いにしへをみる）
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木曽やしきからみ大根や引時分
大根畑のしぐれかな
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十七日、夜道を二里ばかり行、例の事しげきにまぎれ侍る。ゆくゆく太田のわたしに成ぬ
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乗合に馬尿（ばり）つく馬や雪のくれ
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こよひは太田の宿の何某のもとを敲て、木曽の寒かりしをかたり、関、岐阜の物がたりなど尋て、やがてまどろみぬ。
十八日、鶏鳴に出ぬ。茅店の月に鞭をあげたり。馬士（まご）のいひけるは、「関といふ所へは、太田の宿より路程二里余の廻り」とかたりぬ。孫六やしき、志津やしきの物がたりなどきゝて
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志津やしき井戸の形や水けむり
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哥によみたる宇留間野は、四里八丁の埜也。所のものは鏡野といふなり。右の方に岐阜の城山まのあたりに見えたり。「稲葉の山の岑に生る」とよみたる山も、おなじ山つゞきといふめり
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山や敵の見すかす冬木立
城跡や実律義なる冬木立
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岐阜城
郷渡のわたりは、ながら川のすそ也。州の俣のわたりもおなじ流れをいふ。
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冬の夜は念仏精出す鵜飼かな
鵜飼の人の念仏
いつぬき川たちわたり
氷ぬるいつぬき川や馬の骨
今いふくろのわたしはくゐ（ひ）ぜ川の事也
あし入や冬の日でりのわたし舟
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赤坂に日たかくつきぬ。ふる里の山どもにちかづきぬれば、見しりたる人にあふ心地ぞする。
樽井、赤坂あふしか、野上などいふ所は、いにしへ遊君のすみけるといへど、いまは名もなき所よりは、あさましく成行けり
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なき遊君の事とはん
お（を）し鳥よ垂井赤坂君も見ず
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十九日、夜半過るころ、赤坂をたつ。青野が原、不破の関など、夜の中に行
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ねぢお（を）れる物見の松や夜の雪
夏ごろ不破のせきにて
頬あてや土用干する不破の関
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此句及かけ橋の蝉の句、嵐雪がほめたれば、又爰にのせたり。
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の窓
水付て髪ゆはぬ日や雪二尺
火燵四隅に友五人寄る
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鳥籠の山の麓、いざや川の辺、駅の原といふ所に園を求めつゝ、いにしへは原の何某が住けるといひつたへ侍る中に、霊水あり。五老井と名づく
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水筋やむかし柳に封じ置
ほどなく、東武に官遊するまゝ
何事も蟻にいひおく林かな
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元禄５年（１６９２年）６月５日、彦根を発って東海道を江戸に向かう。
壬申 秋東武行
軒の
初秋やかたびら越にかゝる雨
秋風や並木にあてる鑓のさや
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