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町文化財 |
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句意は、けんけんという雉子(きじ)の短い鳴き声のさらりとしとようなさっぱりした心境を、この声に託したものであります。 竹内勇水は、江戸時代中期より後期の俳人。享保13年(1728年)生まれ、下新田の人です。名は徳往(のりあき)、その通称源右衛門、屋号を岸屋と云い、代々宿役人でした。江戸時代の俳人涼袋と交渉をもち、子弟も多く那波俳壇を代表する俳人でした。また書にも巧みで、玉村八幡宮境内の芭蕉十六夜塚や自句の碑にも彼の筆跡が見られます。 文化9年(1812年)没、85才。墓は神楽寺東墓地にあります。
玉村町教育委員会 |


