2025年群 馬
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「玄潮」の像〜三の丸芸術ホール〜

館林市三の丸に三の丸芸術ホールがある。

玄潮(くろしお)


昭和23年(1948年)、藤野天光制作。

平成18年(2006年)、設置。

左側から
   
右側から

   


藤野天光

 明治36年(1903年)、館林町裏宿(現・館林市城町)に生まれた彫刻家。 本名は隆秋、号は舜正、のち天光に改めます。

 昭和3年(1928年)、東京美術学校(現・東京芸術大学)塑像部を卒業し、北村西望に師事しました。早くから頭角を現し、同4年(1929年)、「ときのながれ」が帝展に初入選、同13年(1938年)、新文展に出品した「銃後工場の護り」が特選に選ばれ、ニューヨークで開催された万国博覧会に出品されました。

 戦後になると、平和国家の建設には文化が第一と提唱し、文化運動に心血を注ぎました。創作活動も活溌で、昭和37年(1962年)、日展に出品した「ああ青春」が文部大臣賞を受賞、同40年(1965年)、日展に出品した「光は大空より」が日本芸術院賞を受賞しました。その間、北村西望作の長崎の「平和祈念像」制作の筆頭助手を努めています。昭和48年(1973年)には、千葉県で開催された国民体育大会のモニュメント「輝く太陽」および記念メダルを制作しています。日展審査員や理事を努めたほか、日本彫刻家連盟(現・日本彫刻会)、千葉県美術会、群馬県美術会などの結成と運営にあたるなどしましたが、昭和49年(1974年)12月30日、千葉県市川市のアトリエで逝去し、翌昭和50年(1975年)、勲三等瑞宝章を贈られました。

三の丸芸術ホールへ。

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