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遊館林 新雪の 山遠し 沼ところどころ |

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つつじの岡に花はなかったが、 その木はすばらしく、 館林の地は、 なるほど弟が情熱をこめて、 わたしを誘うただけに、 美しい土地であった。 せせっこましい熊野を 故郷とする我ら兄弟には、 ひろびろとしたあの平野が第一に珍しい、 わたしは、折りからの秋晴れであったが 富士、筑波、浅間や、秩父連山から 日光の男体は新雪にかがやいて 名山が四方をめぐらしたなかに 沼がところどころに光って 山容水色、野趣はなはだ美しいと思った。 |
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佐藤春夫 大正・昭和の小説家、詩人。明治25年(1892年)和歌山県東牟婁郡新宮町(現・新宮市船町)に生まれる。明治43年(1910年)に上京して生田長江、与謝野鉄幹に師事し、抒情的な文語定型詩や小品を雑誌「スバル」「三田文学」等に発表。『田園の憂鬱』で作家としてその位置を固める。以後、小説、詩集、評論など多くを著す。 昭和23年(1948年)日本芸術院会員。同35年(1960年)文化勲章受章。 昭和35年12月8日、県立館林高校の新校歌作詞のため館林に来遊し、『愚者の楽園』の一章に、碑文に因むその時の印象を発表する。翌36年(1961年)、再び館林の地を訪れ、『館林市外たたら沼』の詩を作る。 昭和39年(1964年)5月6日、心筋梗塞のため急逝する。72歳。京都の知恩院に葬られる。 平成3年(1991年)3月、建立。 |
