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元禄7年(1694年)9月8日、芭蕉は支考・惟然を伴って伊賀を出発し、奈良猿沢池畔の宿に泊まった。 |
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船をあがりて、一二里がほどに日をくらして、さる沢のほとりに宿をさだむるに、はい(ひ)入て宵のほどをまどろむ。されば曲翠子の大和路の行にいざなふべきよし、しゐ(ひ)て申されしが、かゝる衰老のむつかしさを、旅にてしり給はぬゆへ(ゑ)なるべしと、みづからも口お(を)しきやうに申されしが、まして今年は殊の外によは(わ)りたまへり。その夜はすぐれて月もあきらかに、鹿も声々にみだれてあはれなれば、月の三更なる比、かの池のほとりに吟行す。 |
| びいと啼尻声かなし夜の鹿 | 翁 |
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| 鹿の音の糸引はえ(へ)て月夜哉 | 支考 |
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『笈日記』(伊賀部) |
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松尾芭蕉翁が奈良の参籠にて残した鹿の句を人々の愛する神鹿縁りの春日野に元禄7年より300年の当り奉納して芭蕉第八世豊住伊兵衛を追想する。 |
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鹿の鳴くをききて しか なきて かかる さびしさ ゆふべ とも しらで ひともす なら のまちびと |
