芭蕉の句
笠嶋はいづこさ月のぬかり道
出典は『奥の細道』。
元禄2年(1689年)5月4日(新暦6月20日)、芭蕉は藤中将実方の塚を訪れようと、人に尋ねた。五月雨のぬかり道と旅の疲れで、行かなかったようだ。
鐙摺(あぶみずり)、白石の城を過、笠嶋の郡に入れば、藤中将実方の塚はいづくのほどならんと人にとへば、是より遥右に見ゆる山際の里をみのわ・笠嶋と云。道祖神の社、かた見の薄今にありと教ゆ(ふ)。此比の五月雨に道いとあしく、身つかれ侍れば、よそながら眺やりて過るに、蓑輪・笠嶋も五月雨の折にふれたりと、
笠嶋はいづこさ月のぬかり道
岩沼に宿る。
「是より遥右に」とあるが、実際は「左」。「岩沼に宿る。」とあるが、5月4日は仙台に泊まっている。
笠嶋の句碑
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