一茶の句碑
正風の三尊見たり梅の宿
松山市勝山町に一茶の句碑があるというので、行ってみた。
勝山通りに句が書かれた道標が幾つもあるようだ。
赤い椿白い椿と落ちにけり 碧梧桐
明治29年(1896年)の句。
『新俳句』に収録。
勝山通りの中央分離帯に一茶の句碑があった。
魚文かたにて素堂芭蕉翁其角
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の三幅對あれは訪ふて拝す
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正風の三尊見たり梅の宿
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寛政7年(1795年)1月、一茶が松山を訪れた時の作。百済魚文は伊予松山藩の富豪俳人。葛飾派の二六庵竹阿も、その門下の一茶も魚文宅を訪ね俳諧を興行した。正風三尊とは、狩野探雪の画にそれぞれ賛をした芭蕉、素堂、其角の3俳人のことである。
けしからぬ桐の落葉や笙の声
| 其角(笙の画)
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ちるはなや鳥も驚く琴の塵
| 翁(琴の画)
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青海や太鼓ゆるみて春の声
| 素堂(太鼓の画)
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この三幅対を見て、感激した一茶はこれに添書をした。「寛政七年紀行」の自筆を昭和40年拡大して道の両側からみえるよう両面句碑とした。
松山市教育委員会
俳句の里城下コースR番
「三幅對」は『末若葉』に収録されている。
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