
| 畑ほればいでゆ畑 |
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| にわき磯掘れば |
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| いそにもわき出づる |
| 明治3年(1870年)10月27日、茨城県水戸市生まれる。 |
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| 明治24年(1891年、大阪毎日新聞社に入社。 |
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| 明治32年(1899年)、『己が罪』を連載して、名声を得る。 |
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| 昭和9年(1934年)4月、野口雨情と湯平温泉を訪れる。 |
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| 昭和22年(1947年)7月21日、満76歳で没。 |
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昭和4年(1929年)8月1日、与謝野寛・晶子夫妻は指宿温泉「偕楽園」(現在廃業)に泊まっている。 |

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砂風呂に潮さしくればかりそめの葭簀の屋根も青海に立つ 我が夢がかなたの沖に形すとしら帆を眺むいぶすきの磯 ほがらかにとりすましたる夜明かな平たき沖をわたる白帆も あけがたの下大隅の山べより海に下りきて泳ぐしら雲
『霧島の歌』(其一)
揖宿温泉に宿る。 湯の宿の小松の垣の下(もと)に鳴る船の笛かな揖宿の海 しら波の下に熱沙の隱さるる不思議に逢へり揖宿に來て 大隅の山山たちて半月の形にかこむいぶすきの海 來て立つや沙の身すらも極熱のおもひを持てる揖宿の磯
『霧島の歌』(其二) |

| 砂風呂に |
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| 潮さしくれば |
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| かりそめの |
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| 葭簾の屋根も |
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| 青海に立つ |

| 白波の |
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| 下に熱砂の |
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| 隠さるる |
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| 不思議に逢えり |
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| 指宿に来て |


| なぎさにも |
| 湧きいづる湯の |
| 音すれど |
| 潮満ちきたり |
| かくろひゆくも |

