大正2年(1913年)4月1日、松山赤十字病院創立。 大正9年(1920年)3月、酒井黙禅は松山赤十字病院院長に赴任。 |
春風や 博愛の道一筋に |
この像は、昭和56年3月に日本赤十字看護婦同方会愛媛県支部から3号館(旧病院)完成時に竣工祝いとして寄贈されたものであり、やさしさの中に毅然とした態度、人間愛、平和への願い、国際的な役割を持つ赤十字看護師を表現したものである。 右手に持っているブドウ一粒一粒は、看護行為の連続と生命への連帯を表現している。 |
記念碑上部のカーブは時代の流れ、傍らの球は看護の心を表しています。 赤十字標章を見つめる看護学生は、赤十字看護師養成への感謝と赤十字看護を継承する覚悟と未来への飛躍を願う姿です。後方に咲くバラは旧病院ゆうかり寮「博愛の園」から移植したアンネのバラです。 松山赤十字看護専門学校校歌は元学校長の酒井和太郎(酒井黙禅)先生が作詞されました。 |