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大正10年(1921年)、「大野原の秋」の連作の一首で、「富士の南麓にあたる裾野を大野原と呼ぶ、方十里にも及びたらむか、見る限りの大野原なり。」とある。 |
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旅と酒の歌人若山牧水が宿望の田園生活に入るべく沼津に移り住んだのは大正9年8月のこと、そして10月には裾野に来て大野原で遊んでいる。 大野原の美しさに魅せられ秋草茂る岡の上に立って、まぢかに見る富士の雄大なる姿に感激し、親しみと愛情をこめて「富士裾野の三日」の名紀行文を綴り数多くの歌も作った。この歌碑もその中の一つである。 富士を仰ぎ大野原を眼下に見る岡の上に牧水を慕い親しみをもつ人々が集まってこの歌碑が建てられました。
富士山資料館 |
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『若山牧水歌碑インデックス』(榎本尚美、榎本篁子著)によると、全国で95番目の牧水歌碑だそうだ。 |
