2026年富 山
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如意の渡〜JR氷見線伏木駅〜

JR氷見線伏木駅下車。

義経記如意の渡


平成2年(1990年)9月、設置。

平成29年(2017年)7月、移設。

制作指導監修田中昭・原型石黒孫七

左側から
   
右側から

   


如意の渡

 謡曲「安宅」や歌舞伎「勧進帳」に安宅の関で弁慶が主人の義経を金剛杖で打ちつける名場面がありますが、これは室町時代の軍記物語「義経記」の中にある“如意の渡にて義経を弁慶打ち奉る事”という逸話を脚色したものといわれています。

 伝えによると、この「如意の渡し」はこのあたりにあったといわれています。

 文治3年(1187年)兄源頼朝に追われて奥州へ落ちる義経一行が、如意の渡から船で六渡寺へすすもうとしましたが、渡守の平権守が義経をさして“判官殿か”と怪しみました。 ここで、義経であることが見破られたら万事休すでした。とっさに、弁慶は“ああ、あれは加賀の白山から、このたび連れてきた坊だが、あれがいるばかりに所々で疑われ迷惑しているものでござる”と言って、いかにも腹立った表情でそばに走り寄り扇で義経をさんざん打ちのめしました。

 弁慶の機知で危うく難をのがれますが、たとえその場を切りぬけるためとはいえ、主君に手をくだしたとは言語道断と弁慶が号泣する話は、あまりにも有名であります。

 この場面を表現した義経・弁慶主従の銅像をゆかりのこの地に設置いたしました。

高岡市

令和3年(2021年)、田中昭没。

高岡市伏木気象資料館へ。

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