孤高の国際的洋画家
藤田嗣治(1886−1968)旧居跡

平成18年(2006年)11月27日、建立。
藤田嗣治は、明治19年11月27日、東京牛込に生まれた。
大正2年パリに渡り、やがてエコール・ド・パリの代表的な画家として活躍。日本人で初めて国際的な評価を得た洋画家であった。とくに彼の描く「乳白色の肌」は、他の追随を許さない独自の画風であった。
昭和12年7月、この地にアトリエを新築。昭和19年に小淵村へ疎開するまで居住した。
この頃に君代夫人と結婚し、新婚生活をこの地で過ごした。また軍部の依頼でこの時期から多くの戦争記録画を制作したが、戦後そのために糾弾される。昭和24年渡米した後フランスに渡り、再び日本へ戻ることはなかった。
晩年はフランスに帰化し、レオナール・フジタとして昭和43年1月29日、チューリヒで死去した。享年81歳。
120年目の生誕日に、この旧居跡地に記念碑を建立し、彼の画業を顕彰する。
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