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善通寺〜中将姫御作蓮糸織曼陀羅阿弥陀如来〜

江戸川区平井の荒川沿いに4つの寺が並んでいる。


一番手前が最勝寺、一番奥が善通寺である。

逆井渡口より八九町東の方、東小松川村にあり。一向宗西本願寺に属せり。本尊阿弥陀如来は来迎の像なり。相伝ふ。往古(そのかみ)千葉介太郎宗胤信の守本尊にして、宗胤没落の後、その家臣秋元刑部左衛門尉胤次と云ふ者これを伝へて、歳月(としつき)を歴たり。その後親鸞が家に止宿せられし頃、胤次上人の宗化(しゅうげ)に帰し、一室を営みこの本尊を安ず。然るに永正年間、兵火(ひやうくわ)に罹(かか)りて堂宇悉く焦土となりしかど、本尊は持ち退きて恙なしとなり。天下太平の時に至り終に一宇を闢(ひら)きて、善通寺と号(なづ)くといへり。(秋元刑部左衛門の子孫、今もこの村の中に四十有余軒存して、いづれも当寺の門徒たりといふ。)


善通寺


善通寺

 浄土真宗本願寺派で、真光山明証院と号します。千田真太郎宗信(法名蓮真)が、康正年間(1455〜1457)に創建したと伝えられています。旧東小松川村にありましたが、大正4年(1915年)荒川の開削により現在地に移転しました。

中将姫御作蓮糸織曼陀羅阿弥陀如来(寺宝)

 天平年間(729〜748)に、中将姫(法名善心法女)が女人往生の証拠として、蓮糸に自ら髪の毛を織り込んで作った御丈6尺の尊像で、千葉家の守護本尊(まもりほんぞん)であったと伝えられています。

江戸川区教育委員会

5月3日と11月3日に公開されるそうだ。

 中将姫は継母に憎まれて大和雲雀(ひばり)山に捨てられ、当麻寺(たいまでら)に入って蓮の糸で曼荼羅(まんだら)を織り成仏したという伝説上の人物。

当麻寺(HP)は奈良県北葛城郡當麻町にある。

 中将姫が雲雀(ひばり)山に捨てられて最初に身を寄せたのが藤村家、中将姫は当麻寺で修行していた頃、薬草の知識も学び、その処方を藤村家にも伝えた。それが藤村家家伝の薬・中将湯となった。

 明治26年(1893年)、津村重舎「中将湯本舗津村順天堂」創業。藤村家は津村重舎の母方の実家である。

「中将湯本舗津村順天堂」はバスクリンで知られる「ツムラ」の前身。

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