下 町台東区
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鳥越神社〜日本武尊〜

台東区鳥越の蔵前橋通りに鳥越神社がある。

元鳥越町にあり、この辺の産土神(うぶすな)とす。祭神日本武尊、相殿天児屋根命(あめのこやねのみこと)なり。(昔は第六天神・熱田明神を合せて鳥越三所明神と号(なづ)けしが、正保二年この地公用のため召し上げられ、三谷にて替地を給ひ、わづかに社の地ばかり残さる。その頃より熱田は三谷の地へうつし、第六天は森田町へうつせしといえへり)当社は最も古跡なれども、旧記等散失して勧請の年暦・来由等詳(つまびらか)ならずといへり。祭礼は隔年六月九日なり。


鳥越神社の鳥居


旧町名由来案内

下町まちしるべ
 浅草鳥越二丁目

 本町名は、鳥越神社にちなんで付けられた。この付近は平安時代後期の頃(1185)まで白鳥村と言われていた。日本武尊が東国平定のため東征するおり、この地にしばらくとどまったことから村の人々はそのご威徳を慕い尊び、白雉2年(651年)白鳥山の山上に白鳥大明神を祀った。その後、永承(1046〜1053)の頃、源義家親子の率いる軍勢が奥州征伐のため大川を越えようとする時、白い鳥に浅瀬を教えられ無事渡ることができた。頼家公はこれ白鳥大明神のご加護とたたえ、鳥越大明神の社号を奉った。

  「鳥越夜祭り」

 6月9日に近い日曜日に鳥越神社の「千貫御神輿」が氏子によって町内を練り歩く。なかでも見ものは宵の宮入である。火入れ式のあと氏子衆によってかかげられた百数十の高張提灯と担ぎ手の熱気によって祭は最高潮に達する。

社 殿


 当神社は、白雉2年(651年)の創建。日本武尊、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、徳川家康を合祀している。

 社伝によると、日本武尊が、東国平定の道すがら、当時白鳥村といったこの地に滞在したが、その威徳を偲び、村民が白鳥明神として奉祀したことを起源とする。後、永承年間(1046〜1053)、奥州の安倍貞任らの乱(前九年の役)鎮定のため、この地を通った源頼義、義家父子は、名も知らぬ鳥が越えるのを見て浅瀬を知り、大川(隅田川)を渡ったということから鳥越大明神と名付けた。以後、神社名には鳥越の名を用いるようになり、この辺りは鳥越の里と呼ばれるようになった。天児屋根命は、武蔵の国司になった藤原氏がその祖神として祀ったものとされる。また、徳川家康を祀っていた松平神社(現蔵前4丁目16番付近)は、関東大震災で焼失したため大正14年(1925年)に当社に合祀された。

 例大祭は、毎年6月9日前後の日曜。千貫神輿といわれる大神輿の渡御する「鳥越の夜祭」は盛大に賑い、また正月8日に正月の片付け物を燃やす行事「とんど焼き」も有名である。

台東区教育委員会

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