2008年埼 玉

箭弓稲荷神社〜小林一茶〜
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埼玉県東松山市箭弓町に箭弓稲荷神社(HP)がある。


箭弓稲荷神社


和銅5年(712年)創建と伝えられているそうだ。

御祭神は
保食神(うけもちのかみ)

宇迦之御魂神(うがのみたまのかみ)

豊受比賣神(とようけひめのかみ)

 長久元年(1028年)、下総国(千葉県)の城主前上総介平忠常は下総に乱をおこし、安房・上総・下総を手中に収め、大軍を率いて破竹の勢いで武蔵国へ押し寄せた。

 長元3年秋、忠常追討を命ぜられた冷泉院の判官代甲斐守源頼信(多田満仲の子、頼光の弟)は、武蔵国比企郡松山野久ヶ原に本陣を張り、1泊した際に当社にもうで、敵退治の願書を呈し、太刀一振、馬一匹を奉納して一夜祈願した。 その暁、白羽の矢のような形をした白雲が起こって敵陣の方へ飛んだ(一説に白狐に乗った神が弓矢を授けた夢を見た)のを見て神様のお告げと感じ、兵を起こして敵陣に攻めこんだ。忠常の兵は不意の攻撃になすすべもなく敗れ、三日三晩の戦いで潰滅した。頼信はこれを喜び、凱旋の際、立派な社殿を再建し「箭弓稲荷大明神」と称えたと伝えられている。

 文化5年(1808年)5月26日、小林一茶は草津に向かう途中で箭弓稲荷神社を訪れた。

 此原より左へ入て五丁程、矢弓稲荷とて十年ばかり前かたはやり玉ふ神おはしけるが、五尺程の花表いくそばく社のうらに積かさぬ。


「花表」は鳥居。

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