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労働者〜碌山美術館〜

安曇野市穂高に碌山美術館がある。


登録有形文化財である。

昭和33年(1958年)、開館。

入館料は900円。

労働者


明治42年(1909年)、荻原碌山制作。

左側から
   
右側から

   


女立像


喜多武四郎制作。

左側から
   
右側から

   


碌山館へ。

明治43年(1910年)4月22日、荻原碌山は30歳で永眠。

高村光太郎の詩碑


碑 面


   荻原守衛

單純な子供荻原守衛の世界観がそこにあった。
坑夫、文覚、トルソ、胸像。
人なつこい子供荻原守衛の「かあさん」がそこに居た。
新宿中村屋の店の奥に。

巖本善治の鞭と五一会の飴とロダンの息吹とで萩原守衛は出来た。
彫刻家はかなしく日本で不用とされた。
萩原守衛はにこにこしながら卑俗を無視した。
單純な彼の彫刻が日本の底でひとり逞しく生きてゐた。

――原始、
――還元、
――岩石への郷愁、
――燃える火の素朴性。

角筈の原っぱのまんなかの寒いバラック。
ひとりぽっちの彫刻家は或る三月の夜明けに見た、
六人の侏儒が枕もとに輪をかいて踊ってゐるのを。
荻原守衛はうとうとしながら汗をかいた。

粘土の「絶望」はいつまでも出来ない。
「頭がわるいのでろくなものはできんよ」
荻原守衛はもう一度いふ、
「寸分も身動きができんよ、追ひつめられたよ」

四月の夜ふけに肺がやぶけた。
新宿中村屋の奥の壁をまっ赤にして、
荻原守衛は血の塊を一升はいた。
彫刻家はさうして死んだ――日本の底で。

昭和11年 高村光太郎

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