斎藤茂吉の歌碑

肥前なる唐津の濱にやどりして

     唖のごとくに明け暮れむとす


佐賀県唐津市東城内の海沿いに「渚館きむら」がある。

「渚館きむら」に斎藤茂吉の歌碑があった。


肥前なる唐津の濱にやどりして唖のごとくに明け暮れむとす

 大正9年(1920年)8月30日、茂吉は長崎から唐津に着き木村屋旅館に投宿。

   唐津濱

      八月三十日。午前八時十五分長崎發、午後一時三十五分久保田發、
      午後三時十五分唐津著、木村屋旅館投宿。高谷寛共に行きぬ

五日あまり物をいはなく鉛筆をもちて書きつつ旅行くわれは

肥前なる唐津の濱にやどりして唖のごとくに明け暮れむとす


昭和54年(1979年)2月4日、松浦文化連盟建立。

斎藤茂吉記念館によれば、59番目の茂吉の歌碑である。

8月31日、茂吉は村屋旅館に滞在、唐津城跡に登る。

城址にのぼり來りて蹲(しやが)むとき石垣にてる月のかげの明るさ

9月11日、茂吉は古湯温泉へ。

      九月十一日。午前九時五十六分唐津發、十二時半佐賀驛にて高
      谷寛と訣ををしむ。軌道、人力車に乘り、ゆふぐれ小城郡古湯
      温泉に著きぬ

ねもごろに吾の病を看護(みとり)してここの海べに幾夜か寐つる

わがためにここまで附きて離れざる君をおもへば涙しながる

わたつみの海を離れて山がはの源のぼりわれ行かむとす

 平成6年(1994年)10月、「木村旅館」は創業100年目に「渚館きむら」となった。