2012年三 重

萬壽寺〜「芭蕉の墓碑」〜
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史跡「福地城跡」の麓に萬壽寺という寺がある。


萬壽寺山門


山門の右手に卓袋の句碑があった。


一聲はつげの在所へほとゝぎす

昭和17年(1942年)、建立。

卓袋は貝増氏。市兵衛は通称。如是庵と号す。翁の門弟で、上野の人。この柘植を在所と詠んだところに芭蕉さんとの連りを見る。

宝永3年(1706年)8月14日、48歳で没。

萬壽寺本堂


曹洞宗の寺である。

松尾家の菩提寺として知られているそうだが、知らなかった。

本堂内に「桃青殿」があり、翁の木造と位牌が安置されているそうだ。

萬壽寺に「芭蕉の墓碑」があった。


芭蕉の墓碑

 芭蕉の祖は福地である。翁の墓碑は福地伊予守宗隆の祈願所であった長福寺(現在の萬壽寺)境内の生家である松尾家の墓場にあった。後に松尾家の墓は山出区内の拝野墓地に芭蕉の墓碑と一族の墓石幾つかを残した。

 明治末期に萬壽寺境内墓地の現在地に石の垣をめぐらし荘重にしつらえたのである。

 墓石は左側より現当主松尾弘氏の三代先の宇八郎(芭蕉から八代目)夫婦、真中はその先代の宇右ヱ門夫婦と翁の伯父に当る俊翁喜才信士の墓石である。

 翁の碑は「芭蕉翁桃青庵主」と刻まれ、側面には元禄七年十月十二日と記されている。

伊賀町芭蕉翁顕彰会

「芭蕉翁桃青庵主」


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