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ここ綾西公園の地には平安時代前期、菅原道真の邸宅・紅梅殿が所在した。 その庭に植えられた梅に由来する名称であり、道真は大宰府に赴任する際に、「東風吹かば匂ひをこせよ梅の花あるじなしとて春をわするな」と、梅との別れを惜しむ歌を詠んだ。南側も道真の邸宅で、こちらは白梅殿と呼ばれた。菅大臣天満宮は白梅殿に由来するものである。 菅原道真は宇多天皇に重用され、右大臣にまで昇ったが、藤原時平の謀略により大宰府に左選されることとなる。『源氏物語』における光源氏は、朧月夜との途類を咎められ失脚し、自ら須磨へと身を引いた。朝廷の決定により大宰府に流された道真と自ら身を引いた光源氏の立場は異なるが、異例の出世を遂げた貴人が都を後にするという構図を紫式部が参考とした可能性は大いにある。光源氏はのちに政界に復帰し、絶大な権力を得ることとなる。大宰府に左遷されたまま帰京できなかった道真のことを紫式部がどう見たのかは興味深いところである。 なお、近隣の発掘調査では、平安時代前期にさかのぼる邸宅の跡は確認できておらず、今後紅梅殿の遺構発見への期待が高まる。
京都市 |

