芭蕉の句碑
『奥の細道』〜東 北〜

閑さや巖にしみ入蝉の声
山形市山寺に立石寺根本中堂がある。
根本中堂

立石寺は天台宗の寺である。
貞観2年(860年)、第56代清和天皇の勅願により、慈覚大師円仁開山。
伝教大師が比叡山根本中堂に灯した「不滅の法灯」を受継ぎ、建立当時以来一度も消えることなく灯されている。
織田信長の焼討で本山延暦寺の法灯が消えた際、再建時には逆に立石寺から分けたといわれている。
根本中堂の左手に芭蕉の句碑があった。

閑さや巖にしみ入蝉の声
嘉永6年(1853年)4月、半沢二丘建立。高橋一具書。
一具は山形の生まれ。福島大円寺の住職。
嘉永6年(1853年)11月17日、急逝。享年73。
右側面に高橋一具の句が刻まれている。
左羽に夕日うけつゝほとゝきす
左側面には「二丘」と「川丈」の句。
楽書や笹の葉にある清水哉
| 二丘
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花さかぬ草木から風薫りけり
| 川丈
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二丘は漆山の大地主半沢久次郎。
川丈の句
昭和40年(1965年)、山口誓子は立石寺根本中堂に句碑を訪ねている。
右に根本中堂が見えたから、そこへ行く。比叡山の根本中堂によく似ている。その左手に高く、石の上に据えられた芭蕉の句碑がある。角柱碑。
閑さや巌にしみ入蝉の声
これは嘉永六年の建立。
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