彫 刻作 家


畫間 弘

 大正5年(1916年)3月5日、東京都葛飾区金町に生まれる。

 昭和15年(1940年)、東京美術学校彫刻科木彫部を卒業、北村西望に師事。

 昭和30年(1955年)8月8日、平和祈念像除幕式。助手として畫間弘の名が刻まれている。

 昭和58年(1983年)2月6日、鹿児島市の文化公園に「朝の調」の像設置。

 昭和21年(1946年)、レイテ島より九死に一生を得て復員。

 昭和27年(1952年)、第8回日展で初の審査員を努める。

 昭和40年(1965年)、「躍進」制作。

 昭和41年(1966年)、葛飾区役所に「躍進」設置。

 昭和53年(1978年)、「母と子」制作。第10回日展に出品。

 昭和55年(1980年)、日本芸術院会員となる。

 昭和59年(1984年)10月6日、葛飾区の第一病院で死去。享年68。

無 限


清 流


かつしかシンフォニーヒルズ(東京都葛飾区)

躍 進

葛飾区役所(東京都葛飾区)

母と子

駒場公園(長野県佐久市)



白鳥路(石川県金沢市)

雄 気

文化公園(鹿児島県鹿児島市)

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