2007年神奈川

城ヶ島〜城ヶ島灯台〜
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馬の背洞門から城ヶ島灯台へ。


城ヶ島灯台


城ヶ島の燈明台にぶん廻す落日避雷針に貫かれけるかも     白秋

 城ヶ島灯台の歴史は古く、慶安元年(1648年)、当時三崎奉行であった安部次郎兵衛が徳川幕府の命によって航行する船のために、島の東端安房崎に烽火台を設けたのが始まりで、延宝6年(1678年)にこれを廃して、島の西側に灯明台を設けました。

 その後享保6年(1721年)に代官河原清兵衛がふたたびかがり火に代えましたが、この火光については晴夜光達約8里と伝えられ、燃料費は浦賀入港の船舶から徴収したと言われます。

 このかがり火による灯台は、明治3年8月12日夜まで続きましたが、以後フランス人技師の設計増築による新灯台に代わりました。

 この新灯台は横須賀市の観音崎灯台に次ぐわが国2番目の白色光の洋式灯台で、関東大震災(1923年)で損壊、大正15年(1926年)に改築したのが現在の灯台だそうだ。

次は観音崎灯台に行ってみなくては。

 昭和25年(1950年)、水原秋桜子は城ヶ島燈台を訪れた。

   城ケ島燈台 三句

カンナ咲き七夕の不二に雲騰(のぼ)

きりぎりすいぶかりきくに波幾重

きりぎりす見るは巌のみ又波のみ

『残鐘』

 昭和43年(1968年)6月23日、高浜年尾は三浦三崎でホトトギス吟行会。

   六月二十三日 ホトトギス吟行会 三浦三崎

灯台は夏草茂る丘の上

ちやつきらこ我等が為にも夏も舞ふ

汐焼けし女がうたふちやつきらこ


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2007年神奈川