2019年鹿児島

砂むし会館「砂楽」〜碑巡り〜
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指宿市湯の浜に砂むし会館「砂楽」がある。

砂楽ボードウォークに菊池幽芳の歌碑があった。


畑ほればいでゆ畑
にわき磯掘れば
いそにもわき出づる

菊池幽芳は本名菊池清。小説家。

明治3年(1870年)10月27日、茨城県水戸市生まれる。

明治24年(1891年、大阪毎日新聞社に入社。

明治32年(1899年)、『己が罪』を連載して、名声を得る。

昭和9年(1934年)4月、野口雨情と湯平温泉を訪れる。

昭和22年(1947年)7月21日、満76歳で没。

 昭和4年(1929年)8月1日、与謝野寛・晶子夫妻は指宿温泉「偕楽園」(現在廃業)に泊まっている。

屋根付きの砂むし場


砂風呂に潮さしくればかりそめの葭簀の屋根も青海に立つ

我が夢がかなたの沖に形すとしら帆を眺むいぶすきの磯

ほがらかにとりすましたる夜明かな平たき沖をわたる白帆も

あけがたの下大隅の山べより海に下りきて泳ぐしら雲

『霧島の歌』(其一)

   揖宿温泉に宿る。

湯の宿の小松の垣の下(もと)に鳴る船の笛かな揖宿の海

しら波の下に熱沙の隱さるる不思議に逢へり揖宿に來て

大隅の山山たちて半月の形にかこむいぶすきの海

來て立つや沙の身すらも極熱のおもひを持てる揖宿の磯

『霧島の歌』(其二)

防波堤の壁面に与謝野寛の歌が刻まれていた。


砂風呂に
潮さしくれば
かりそめの
葭簾の屋根も
青海に立つ

与謝野晶子の歌


白波の
下に熱砂の
隠さるる
不思議に逢えり
指宿に来て

防波堤


「花の温泉ホテル吟松」が見える。

昭和14年(1939年)10月、斎藤茂吉は指宿を訪れている。

斎藤茂吉の歌


なぎさにも
湧きいづる湯の
音すれど
潮満ちきたり
かくろひゆくも

錦江湾


大隅半島の山脈が見える。

指宿市役所へ。

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