西行ゆかりの地

西行の歌碑
中尊寺

| 天養元年(1144年)頃、西行は奥州初度の下向。 |
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| 文治2年(1186年)8月16日、再び平泉に赴く。 |
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8月16日 庚寅 午の刻西行上人退出す。頻りに抑留すと雖も、敢えてこれに拘らず。二品銀作の猫を以て贈物に宛てらる。上人これを拝領しながら、門外に於いて放遊の嬰児に與うと。これ重源上人の約諾を請け、東大寺料の砂金を勧進せんが為奥州に赴く。この便路を以て鶴岡に巡礼すと。陸奥の守秀衡入道は、上人の一族なり。
『吾妻鏡』(文治2年) |
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十月十二日、平泉に罷着きたりけるに、雪降り、嵐激しく、殊の外に荒れたりけり。いつしか衣河見まほしくて罷りむかひて見けり。河の岸につきて、衣河の城しまはしたる事柄、様變りて物を見る心地しけり。汀凍りて取り分き冱えければ |
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取り分きて心も凍みて冱えぞ渡る衣河見に來たる今日しも |
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西行は中尊寺で年を越し、文治3年(1187年)3月、束稲山の桜を観賞した。 |


