私の旅日記

有馬温泉の歴史〜人物像〜
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神戸電鉄有馬線有馬温泉駅下車。

湯けむり広場に「茶人太閤像」があった。


 昭和57年(1982年)5月30日、有馬ライオンズクラブCN10周年記念贈。新谷英子作。

ねね橋に「ねねの像」があった。


 平成9年(1997年)4月10日、有馬ライオンズクラブ20周年・25周年記念事業で設置。新谷英子作。

念仏寺の前に行基菩薩の像があった。


有馬温泉の歴史

 有馬温泉の歴史は古く、神代の昔、大已貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)の2柱の神が3羽の傷ついた烏が湧き出した泉で傷を癒しているのを見つけて温泉を発見したのが始まりだといわれております。

 「日本書紀」にも、舒明天皇(631年)や考徳天皇(647年)が御幸したとの記述があり、日本最古の温泉といわれております。

 有馬温泉が世に広く知られるようになったのは、奈良時代に行基菩薩が温泉寺を建立し、また、鎌倉時代には仁西上人が十二の宿坊を建ててからといわれ、さらに太閤秀吉公は、湯治のためにたびたび有馬温泉を訪れ、戦乱や大火で衰退した有馬の改修を行い、湯山御殿(太閤の湯殿館に湯船の遺構が現存)を建てました。

 江戸時代になってからは、その効能により全国でも評判の湯治場となった有馬には多くの人々が湯治に訪れ、有馬千軒と言われる繁栄をするにいたり、その繁栄は今日の礎となっております。

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