2023年北海道
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大通公園〜黒田清隆之像〜

明治22年(1889年)5月17日、雨宮(あめのみや)治郎は群馬県に生まれる。

明治39年(1906年)11月15日、野々村一男は名古屋市西区江中町に生まれる。

大正9年(1920年)、雨宮治郎は東京美術学校彫刻科卒業。

昭和6年(1931年)2月3日、雨宮敬子生まれる。

昭和26年(1951年)、東京学芸大学教授。

地下鉄東西線「西11丁目駅」下車。

 札幌市中央区大通西10丁目の大通公園にホーレス・ケプロンの像と黒田清隆之像が並んでいた。



昭和42年(1967年)10月、北海道開拓功労者顕彰像建立期成会建立。

生憎の空模様であった。

黒田清隆之像


昭和42年(1967年)10月、雨宮治郎制作。

 黒田清隆は鹿児島県の人。明治3年開拓次官。のち開拓長官に任ぜられ、北海道開拓の大任にあたった。清隆はその性、明察果断にして、開拓の知識を先進国に学ぶ必要を痛感し、自ら海外におもむき知見を広めるとともに、ホーレス・ケプロンをはじめ、多数の外国人技師を招き、その進言を入れ、着々開拓の巨歩を進めた。北海道開発の基礎は、まさに清隆の卓見により確立したものというべく、その勲業まことに偉大である。

 ここに北海道百年を迎えるにあたり、その偉業を回顧し、功績を永く後代に伝えるため、この像を建立する。

ホーレス・ケプロンの像


野々村一男制作。

 ホーレス・ケプロンはアメリカ合衆国の人。明治4年わが国政府の招きに応じ、合衆国農務長官の要職を辞して開拓使教師頭取兼顧問となり、北海道開拓の大業に参画した。すなわち、多くの外国人技師を指揮して本道の実情をきわめ、卓越した識見と豊かな経験に基づいて、北海道開拓の基本方策を進言し、開拓長官をたすけてその実現に努めた。その勲業まことに偉大である。

 ここに北海道百年を迎えるにあたり、その偉業を回顧し、功績を永く後代に伝えるため、この像を建立する。

名古屋市の久屋大通公園に「双身像」の像がある。

昭和45年(1970年)5月13日、雨宮治郎死去。享年80歳。

平成20年(2008年)2月11日、野々村一男は101歳で死去。

有島武郎文学碑へ。

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