2016年北海道

登別地獄谷〜花巡り〜
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 熱泉の渓流を数町遡れば、地獄谷とて、赭岩鬼の怒れる如くに立ち、熱湯到る処に噴騰し、奇怪極つて悽愴なるに、磯躑躅の花清香を放ちて、世にも可憐なる哉。

「北海道山水の大観」(登別温泉)

 昭和6年(1931年)6月2日、与謝野寛・晶子夫妻は地獄谷を見学している。

木草無き地獄の山は紫陽花の終りのころの色したるかな

地獄谷業の煙となしがたし戀のこころもつぶやくものを

「北海遊草」

 昭和6年(1929年)6月6日未明、荻原井泉水は登別温泉に着いた。

      登別温泉に着きしは自動車事故の爲に夜半三時なり、
      しばしまどろまんとすれば既に夜はしらしらす。第一
      瀧本に泊。六日

闇に木の芽が宿の灯がはや明けてゐる

窓、湯の香の強さ芽ぶいてゐる

つつじが鉢に水に赤くて湯は瀧なし

『海潮音』

登別温泉園地の地獄谷を歩いてみた。

登別地獄谷


薬師如来


登別温泉三大史蹟 薬師如来

文久元年(1861年)、火薬の原料として地獄谷から硫黄を採掘していた南部藩の家臣が、お堂の下から湧いている温泉で目を洗い続けたところ、長年わずらっていた眼病が治ったことから、そのお礼に寄進した石碑が安置されており、今では目の湯の名前で親しまれています。

舞鶴草


随分久し振りである。

七竈(ななかまど)


花を見るのは初めてだ。

午後、井泉水は地獄谷と湯の沼を一巡。

      午後、霧の晴間を見て地獄谷と湯の沼とを一巡す

霧が温泉けむりにはなれて空ゆく鴉

地獄湯けむりとど松の高みには雲か

一せいに地獄のけむりに芽をふく

『海潮音』

地獄谷


 昭和7年(1918年)9月1日、斎藤茂吉は登別温泉を訪れている。

   登別

登別にひと夜やどりて寄りあへる湯治の客のなかに親しむ

登別に飼ひゐし熊を見て居れば山のままなる熊しおもほゆ


谷空木(たにうつぎ)


北海道は一度に花が咲く。

 昭和23年(1948年)6月15日、高浜虚子は登別温泉に宿泊。翌16日、カルルス温泉に吟行。

六月十六日。登別滝の家泊り。第一滝本を見、カルルス温泉に遊び、午後俳句会。

 三千の浴客そろひ浴衣かな

 よくぞ来し今青嵐につゝまれて


大湯沼駐車場へ。

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