常世田長翠ゆかりの地



〜日和山公園〜

人の柳うらやましくもなりにけり

本間美術館から日和山公園へ。


 酒田の日和山公園に芭蕉の句碑牧水の歌碑を始め、数多くの句碑や歌碑がある。

 寛政12年(1800年)、長翠は奥州行脚に旅立ち酒田を訪れ、さらに秋田の五明を訪問した。

 翌年、再び酒田にやって来て、その足で秋田の五明を訪ねた。

 享和2年(1802年)、小蓑庵を中村碓嶺に譲り、浄徳寺門前に胡床庵を営み酒田に居住。

   酒田の舎(やどり)に二とせの松竹を潜て

鷄がねや老にはゆるす春もあれ

   秋日斜に、山は雲に隠れ、人は家に帰る頃

飛鴈の空についたり日和山

『あなうれし』(碓嶺編)

文化10年(1813年)8月12日、没。

常世田長翠の句碑もあった。


人の柳うらやましくもなりにけり   長翠

 文政元年(1818年)、春秋庵連中の建立。東北俳壇四天王の一人、下総出身の俳人常世田長翠が晩年酒田で過して詠んだ句。書は仙台大年寺住職南山古梁。

長翠没後5年目のことである。

天保4年(1833年)、碓嶺は日和山で長翠の句碑を見ている。

   亡師が日和山の文塚にて

人のゆくなりにもゆかで墓参
   同


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