望月宋屋

『瓢箪集』(嘯山、賈友編)

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望月宋屋の遺句集。

 延享2年(1745年)9月16日、京を出て江戸より「奥の細道」を辿る旅に出る。仙台で越年。11月末、帰庵。

明和3年(1766年)3月12日、宋屋は79歳で没。

明和6年(1769年)5月、『瓢箪集』(嘯山、賈友編)刊。

蕪村


   奥羽の行脚二とせを經て草庵へ歸
   り、新年を迎へて

愚さは旅と思はず宿の春

吉野出て虻の離れぬ袂かな

   奥仙臺國分寺木下藥師如來の堂前
   に石碑を建て、不斷塚と号す。其
   壷中へ、曇るまじ木の下陰に月不
   斷 石面に自ら筆せし句

極樂や人の願ひの花のかげ

   鳴海龜世七十賀

升蚤を松の陰なる種下し

   奥に春を迎へし歳

はつ空や松に輝く金華山

   千梅松島行脚集へ

菅薦の三苻に寐る人蚊や追し

   壬戌の六月六日、宋阿老師の訃を
   東武より告來りしに驚きて

鉾鬮もおくれ先だつ南無佛

數ふれば花の數ある紫苑かな

   奥羽行脚首途の吟

夜となく月に喰入れ杖の土

   白河關

白河に袖かき合すしぐれ哉

   淺香沼

冬枯にいづれと分ん花かつみ

   佐藤兄弟婦人像

里人もこゝへ手向よ紅脂

   實方馬塚

くだら野や杖に音ある馬の骨

   衣川

蝉の羽やこぼれて戦ぐ衣川

   石の巻にて四朔にあふ。

人並に旅馴衣更てけり

   達谷窟

日盛に角は出さじかたつぶり

   角館の道にて大風雷雨にあふ。一
   晝夜の艱難言語を絶す。

したらてん尾花に虫の命哉

   湊の渡川亭に舎りて

川隈を便りに鴫の假寐かな

   象瀉

象瀉の冬は美人の墨繪にて

   亡師墓、淺草即隨寺に詣て

袖しぐれ百二十里を墓參り

   安部川

茶の花も帋子も見へて冬近し

   柴屋寺

物音は木の葉ばかりぞ

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