高桑闌更
『半化坊発句集』(車蓋編)
風暁夢を破て、遊子関を越んと聞へしも、実や我半化翁も、其はじめは中比の風に遊び、加の浅野川の二夜庵に三とせあまり結びたる夢も、古調の為に破れ、終に深雪ふる越路に立出て 苦しさに休めば蚋のたかりけり 姨捨や石に置身も月のため 漏ざるをたのみぞ雪の薦かぶり など風吟し客中に年を越て、霞たつ春は都の花にうかれ、ほとゝぎすの一声は淀の渡りに聞、月の清きには須磨の浦をたづね、橋立の詠には無季の格もしからんと、 橋立や守神なくば波越ん かくいひ捨て、暫く此辺りになん周流せられける。とりが啼あづまの方もしたはるゝ折からは、甲信の音信に笠をかたぶけて、此間に年をかさね、ふたゝび武城に二夜庵をいとなみ、漂泊の労を養れけるが、例のうかれ心より、しらぬひの筑紫がた見まくほしと、又もや都にかへり給へば、したしき人々の杖をとり笠をかくすに任せ、市中に居をしめられしが、名利のさはりもあればと、東山にかくれて故翁の 柴の戸の月や其儘あみだ坊 と聞えしさびを「つぎて、南無庵の古しへを慕ひ、其地に芭蕉堂を結び、閑ならん事を願ふといへども、門人・遊子日々につどひ来り、閑居のいとまもなきに、うかれ神の立さらでや。 |
半化坊発句集 上 元日や此心にて世に居たし 山蔭や烟の中にむめの花 春もまだ雪にむなしき田面哉 堅田に至りて、故翁の吟をおもふ 病雁(やむかり)も残らで春の渚サかな 根をよけて火焚ケ桜に狂ふ人 はじめて花供養いとなみて 活て居て望の日の花備へけり 芭蕉堂にて 時なれや花の中なる翁堂 花戻り銭落したる坊主哉 山吹や終には流す花のかげ 川中島にて 川しまやつばな乱れて日は斜 桟谷亭を訪ふ 鳥啼て谷間も春の木立哉 夏 草津にて 六月やいたる所に温泉の流 温泉はあれど六月寒き深山哉 日光中禅寺 あら涼し四十八湖を渡る風 うらみの滝 ことによし裏みて潜る夏の滝 室の八しま 煙たへて久しき宮の茂り哉 親しらず 親しらば通さじ夏の海ながら 殺生河原 暑き日や蝶鳥落て石黄ミ 半化坊発句集 下 稲 妻 稲妻や静ならざる秋の空 夜田苅や明て休らふ身でもなし 今宵なれや月にむかふも月の上 阿漕が浦にて 月に猶哀あこぎが海の底 再び此浦に来りて 十六宵も月に阿漕はなかりけり さし出の磯 黄昏や水にさし出のうす紅葉 酒折の宮もほどあらざれば 火ともしの神もめづらん月今宵 冬 冬木立 捨果し景色でもなし冬木立 枯芦の日に日に折て流れけり 神無月廿日あまり、故翁の湖東行 脚の跡を慕ひ、日野山の辺を過る に、剥れたる身には砧の響哉 と 聞へ(え)しも今はむかしにて、目出度 御代のしるしなるにや。山も岡と なり、林も畑とかはりて、しら波 の煩ひもなき折から、紫英亭にい たりて、暫く時雨をはらす。 剥れざる身に冬しらぬ舎り哉 雑之部 日 光 日面も日うらも照らす宮居哉 善光寺 よごれたる我にも法の光りかな 杖突坂 歩行にせん杖突坂のためし有 |