2009年群 馬

冠稲荷神社〜俳額〜
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太田市細谷町に冠稲荷神社(HP)がある。


冠稲荷神社


 伏見、豊川、信田、王子、妻恋、田沼と合わせ、日本七社のひとつといわれているそうだ。

 天治2年(1125年)、源義国創建。源義国は源義家の三男で、新田氏の始祖新田義重の父である。

 承安4年(1174年)、源義経は奥州下向の折、冠の中に勧請してきた京都伏見稲荷大社の分霊を祭る。

 元弘3年(1333年)、新田義貞は鎌倉幕府討伐の兵を挙げるにあたり、戦勝を祈願した。

高山彦九郎は旅に出る時に必ず冠稲荷を参拝してから出かけていたそうだ。

天井画と俳額


 寛政13年(1801年)2月に奉納された俳額が2面あり、202句の俳句が連なっている。1面の俳額は願主小泉の清月堂巴陵。もう1面は春秋庵長翠奉納。

  奉納雙評誹(俳)諧發

かけまくも倉稲の魂の神霊は往昔新田蕪城の擁護の一にして、神徳のあらたなる事はいふもさらなれは、遠近の友とちをすゝめ、神こゝろすすしかれと懸奉に

神籠(ひもろぎ)や幾世ふりしも松の華
   清月堂
 巴陵

花の雲鞨鞁のしらへこまかなり
   世良田
 兎月

雪の日や柿の枝ふりよく見たり
   世良田
 志塩

押なへて眼うつりもせつ雪の山
   八木沼
 一魚



   四季混雑

夏草の雨にたち葉ハなかりけり

 志塩

六月のあまあしたちぬ伊香保山

 兎月

静なる川のひる間やなかれ苗

 双烏

雲の峯たつころ青き世界かな

 長翠

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