下 町北 区
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王子稲荷神社〜「王子の狐」〜

王子神社から権現坂を下って線路沿いを行くと、王子稲荷神社があった。


王子稲荷神社


同北の方にあり。往古(いにしへ)は岸稲荷と号(なづ)けしにや。今当社より出すところの牛黄(ごわう)宝印にしか記せり。

本殿 倉稲魂命(聖観世音・薬師如来・陀枳尼天(だきにてん)。本宮 十一面観世音。

王子権現縁起に曰く、いづれの世にかありけん、この社の傍(かたはら)に稲荷明神をうつしいはひければ、毎年(としごと)臘晦(おほつごもり)の夜、諸方の命婦この社へ集まり来る。そのともせる火の連なりつゞける事、そくばくの松明(たいまつ)を並ぶるが如く、数斛(すこく)の螢を放ち飛ばしむるに似たり。その道野山を通ひ河辺をかよへる不同を見て、明年の豊凶を知ると聞ゆ。命婦の色の白きと九つの尾あるは奇瑞のものなりと、古き書(ふみ)にありとなむ。(下略)


拝 殿


文政5年(1822年)、社殿再建。
昭和20年(1945年)4月13日、本殿は空襲により大破。
昭和20年(1945年)、本殿再建。

社殿の左手に古帳庵句碑があった。


苗代や飛鳥は滝の川つゞき   古帳庵

のぼる日に露のむ稲のはらみかな   古帳女

天保12年(1841年)正月、建立。

社殿の奥に本宮がある。


文化12年(1815年)、造立。

本宮の社号額


亀田鵬斎揮毫

狐穴あと


「王子の狐」


年の一夜王子の狐見にゆかん   素堂


「王子の狐」は落語でも知られている。

享和4年(1804年)2月9日、小林一茶は王子稲荷神社を訪れた。

   心可同参王子稲荷

『文化句帖』(享和4年2月)

明治30年(1897年)、正岡子規が王子稲荷の狐火を句に詠んでいる。

   王子

追々に狐集まる除夜の鐘


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