温泉の薬効から湯前明神を祀ってきた。この本地仏は、薬師如来である。現存している棟札から創建は天文6年(1537年)以前と考えられ、現存の堂は慶長3年(1598年)に藤原家定が沼田城主真田信幸の武運長久を願って建立したものです。室町時代末期の繰形(くりかた)をよく表しているわが国の数少ない唐風建築で、組物は唐様出組、桝の形、木鼻の絵模様、渦巻きの形など、当時のものをよく残しています。昭和25年8月29日国の重要文化財に指定されました。
「本地仏」は本地垂迹説により神の本地であるとされる仏。と言ってもよく分からない。「繰形」は建具などに装飾的に用いるくりぬいた板。
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お籠堂の右手に斎藤茂吉の歌が書いてあった。
四万谷にしげりて生ふる杉の樹は古葉をこめて秋ふかむなり
斎藤茂吉 |
斎藤茂吉が四万温泉にやって来たのはいつか、よく分からない。
そこで中之条町役場に問い合わせてみた。
昭和8年(1933年)、斎藤茂吉は四万温泉にやって来て、「9月、妻と吾妻温泉郷に赴いた。」と記されているそうだ。茂吉52歳の時である。歌集『白桃』に「四万」と題して14首あるとのこと。
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この時の歌に「上野の谷川の瀬にまたたくま青き木の葉はながれて行ける」がある。
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品川弥二郎の歌も書いてあった。
粥腹も四万の薬師のおかげにて強飯さへも五杯六杯
品川弥二郎 |
とても短歌とは思えない。
品川弥二郎は「宮さん宮さん」で知られるトンヤレ節の作詞者である。
ちなみにトンヤレ節の作曲者は大村益次郎だそうだ。
トンヤレ節
宮さん宮さんお馬の前に
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ヒラヒラするのは何じやいな
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トコトンヤレ、トンヤレナ
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あれは朝敵征伐せよとの
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錦の御旗じや知らないか
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日向見(ひなたみ)温泉「御夢想(ごむそう)の湯」へ。
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