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天正15年(1587年)豊臣秀吉は九州進軍の折りこの地に於て両翼の犬との死に出合いその関りで弔に塚を建てた。(愛犬説暴犬説の諸説あり) それが現在市内宗岳寺境内にある犬の塚である。これ以来郷土の誇となる地名の「羽犬塚」が呼び使われる様になった。 今回、筑後ライオンズクラブ結成30周年の記念事業として由来を物語る「羽犬の像」を建立した。 |
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伝説@ ひとつは、昔この地に人や家畜を襲い、住民から恐れられていた羽の生えたどう猛な犬がいたというものです。 天正15年(1587年)、天下統一をめざす豊臣秀吉が九州遠征をした際、この羽犬によって行く手を阻まれ、大軍を繰り出しやっとの思いで退治しました。 そこで秀吉は、羽犬の賢さと強さに感心し、この犬のために塚をつくり丁寧に葬ったというものです。 伝説A もうひとつは、九州遠征に来た秀吉が、羽が生えたように跳び回る犬を連れ、大変かわいがっていたというものです。 しかしその犬は、この地で病気にかかり死んでしまいました。秀吉は悲しみに暮れ、弔うために塚をつくり葬ったとされています。 |
