明治45年(1912年)、大村清隆は須玖村(現:春日市須玖北6丁目50番地)に生まれる。
昭和7年(1932年)、福岡師範学校卒業。
昭和8年(1933年)、上京、山崎朝雲に師事。木彫を学ぶ。
昭和15年(1940年)、帝国美術学校入学。清水多嘉示に彫塑を学ぶ。 |
春日市日の出町に日の出ふれあい公園がある。
大 樹

昭和39年(1964年)
左側から
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右側から
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われ日の本大樹とならん
やすらぎ

昭和42年(1967年)
左側から
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右側から
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ものを想い、やすらぎを求め、そして憩いの場に
追 求

昭和47年(1972年)
左側から
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右側から
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更に考え、更にみがいて行く若者(技術者)をえがく
大 地

昭和49年(1974年)
左側から
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右側から
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母に抱かれた幼児のように安心して住める街に
浴

昭和52年(1977年)
清純な乙女の姿
背 面

昭和62年(1987年)6月、福岡県教育会館に「和」の像建立。
昭和63年(1988年)、大村清隆没。 |
モニュメント

春日市は「魏志倭人伝」に登場する「奴国」があったとされている場所だそうだ。
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